last updated 1997/07/09
第55話(全130話)
パピロ(2/2)
「どうやら旅の途中みたいだけど、どこに行くつもりなんだい?」
「決めてないみたいだよ。マリカは真っ直ぐ南へって、そう思ってるだけみたい」
右にも左にも曲がらずに、ただ真っ直ぐ。そう言って、自分を励ましていたマリカのいじら
しさを思いながら、ピートはパピロに言った。そして訊く。
「どうして尋ねるの?」
「もしかしたらあんたらもおいらと同じ目的で旅してるのかなって思ったからだよ」
「へえ、きみも旅の途中なんだ」
「そうさ。だいたいおいらたちの種族はもっと北に生息してるんだ。ロボットなんだから、そ
れくらい当然知ってるはずだろ?」
「あいにく、ぼくはいま回路不良状態なんだよ。データが空っぽなんだ」
「データなし? ってことはもしかしたら記憶喪失?」
失っているのは記憶ではなく、自分自身の体のほうだ。こういう場合は何と言うんだろう。
体喪失? それとも、環境喪失、世界喪失、かな?
「へえ」
パピロはいたく感心したように何度もうなずいた。何に感心してるのか、しかしピートには
わからない。
「すごいね」
パピロは言う。何がすごいのか、ピートにはやっぱりわからない。だからピートは話題を戻
した。
「どこかへ旅してる途中なの?」
「うん。じつはおいらたちの森でちょっとした騒ぎがあってね。それでアーバムさんたちの意
見を聞こうってな話になってさ。おいらが代表に選ばれたってわけなんだ」
うんうんとうなずき、「すごいだろ」とパピロは続ける。
何がどうすごいのか、ピートには理解不能だった。マスターの口癖を思い出し、ピートはマ
スターの気持ちを理解したような気になる。
「騒ぎって何? アーバムさんって誰?」
「おいおい、それを知らないんじゃ話にならないじゃないか。おいらに最初から説明しろって
のかい? やだよ、面倒臭い」
パピロはそっぽを向き、もう一度「記憶喪失ってのは、何か凄いよなぁ」とひとりごちてか
ら、さっさとフィンフィンのお腹の下に鼻面を差し入れるようにして眠る体勢に入ってしまう
。 ピートは取り残されたような気分で、こちらに尻尾を向けているパピロをみつめてしまう
。 このパピロ、どうやら何かにつけ、ひとりで納得してしまう生き物のようだ。
明日、夜が明けたらマリカに「アーバムさん」とやらのことを尋ねてみよう。ピートはそう
思った。
洞窟の中に仲間たちの規則正しい寝息が低く響く。
遠くでレエエケ、レエエケと唄っていたグギーヌの声もいつの間にか途絶えていた。恋歌を
唄い続けて、グギーヌもきっと疲れて眠ってしまったのだろう。
辺りが完全に寝静まり、いっさいの音が途絶え、ただ星たちの光がサワサワと降り注ぐだけ
になると、ピートは自分も急に睡魔に襲われた。ロボットなのだから眠る必要はないはずで、
だからひと晩中、マリカの寝顔をみつめていようと思っていたのだが、機械の体は疲れ知らず
だとしても、やはりピート自身はそれなりに疲れを覚えるらしい。意識体も疲れるのだ。それ
が証拠に「気疲れ」という言葉だってある。まったく疲れていないし、眠くもないと思ったの
は、ただマリカやフィンフィンとの旅の興奮が気持ちを昂ぶらせていたから、そう思えたとい
うだけのことだったようだ。
ピートは「フワアア」と欠伸をした。意識体のぼくは、どうやったら眠れるのだろう。考え
て、ピートはマスターの視覚モニターをオフにしてみる。何も見えなくなった。瞼を閉じたの
と同じだった。なるほど、これなら眠ることも出来そうだ、とピートは思った。
思った時にはもう、ピートは眠りの底へと落ちはじめていた。
頭の中にパピロの「へえ、何かすごいね」という言葉が過ぎって行った。
ピートには、何が「すごい」のかやっぱり理解不能だった。
眠るロボットをイーシャの青い光が照らしている。
幾億の物語が夜空の上から、ピートとマリカの物語を静かに見下ろしていた・・。
(つづく)
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